床の冷たさに、目が覚めた。
私はしばらくの間、自分が居る場所も自分が置かれた状況も全然思い出せなかった。
でも、
「ようやくお目覚めか」
人の声とは思えないそれが、頭の上から生臭い息と一緒に振りかかってきて、
私は一度に全部を思い出し、とっさに身体を起こした。

私が二人の子を産んだばかりの日、彼の王位継承を祝う宴が開かれた夜、
突然城を取り巻いた邪悪な気配、それと共に訪れた魔物たち。
私はあの子たちを隠すのに精一杯で、ろくに戦えなかった。
何を思ったのか、魔物たちはそんな私をこの塔に連れてきて、
この魔物たちのボスらしきヤツの前に差し出した。
馬の顔をしたモンスター、ケンタウロスより一回り大きな魔物。
人の言葉を解して、話し掛けて来るそいつにちょっと言い返したら、
蹄が飛んできたんだった……

頭にその光景が一気にフラッシュバックして、身構えた私に馬の顔をした魔物は
笑いかけてきた。
「まあ、そう怖がるな。まだ殺しはしない。
  おまえは大事な人質だ。グランバニアを乗っ取るためのな!」
気持ちの悪い、この世の物とは思えない声で笑っていた馬のところに、
配下らしい別の魔物がやってきた。
そいつが馬に何か耳打ちすると、馬は突然表情を変えて、たぶん、舌打ちをした。
「すぐにオークとキメラを呼べ。守りを固める」
馬はそう言うと、部屋を出ていこうとした。
何があったんだろう?
グランバニアの兵が来たの?
そんな気持ちが顔に出たのか、ちらりと私を見た馬が口を開いた。
「よかったな。グランバニアの新王が来たらしい。
  だが、馬鹿な男だ。兵も連れずに乗り込んできたらしいぞ。
  魔物は連れているらしいがな」
「なんですって!?」
私はもっと聞き出そうと思ったけど、私がそう言った時、
馬はもう部屋を出ていってしまった後だった。

それは、絶対にないと思っていた事だった。
だって彼はグランバニアの国王になったばかり。
いくら結婚した相手だからって、自分の奥さんだからって、
国を放ってくるなんて絶対におかしい。
子供たちは無事なはずだもの、来たとするなら……
私のため?
そんな事も浮かんだけれど、すぐに首を横に振る。
きっと、グランバニアを守る為に先手を打ったんだ。
また攻撃を受ける前に、先に魔物のアジトを潰そうと思ったのね。
その方が納得がいく。
普段はのほほんとしていて穏やかだけど、実は意外と何が大事かちゃんと考えてるし、
解ってるし、その為に先を見てる。
滝の洞窟に行った時だって、どんどん先に進もうとする私を押し留めて、
分かれ道に印をつけて進んでいっていたし、みんなと居る時も、
ちゃんと誰がどこに怪我をしているとか、誰がどれだけ疲れてるとか、
そういう事に気をつけてたし……
だから、来たとしたらグランバニアの為……よね。

本当はそんな考えは少し寂しかったけど、私の為って思うのは傲慢な気がしたから、
私は自分にそう言い聞かせた。
もっとも、あの子たちを隠せた時点で、私は満足していたのも本当だった。
ただ、彼の、あの優しい笑顔が見られなくなるのは、残念だったし、
あのあったかい指に触れられる事がなくなるのも、
あの力強い腕に抱かれる事がなくなるのも、悲しかったけど、
あの子たちと彼が無事だった事の方が私には大事だったから、
連れてこられる間も、連れてこられた後も、私は逃げるなんて考えもしないで、
ずっとそんな事ばかり考えてた。

でも、今は違う。
何の為かは解らないけど、彼が来た。
馬が戻ってこないところを見ると、それはどうも本当らしい。
このままここに捕まってたんじゃ、彼のお荷物になっちゃう。
私は背中の後ろに廻されて、縄か何かで繋がれてしまった手首を
どうにか解こうと、必死にもがいた。
その時、扉が乱暴に開いて、馬が戻ってきた。
「あんのガキイィィ」
何か、物凄く怒っていて、私の動きには気が付かなかったみたいだけど、
私はばれたら大変と、もがくのを止めた。
「くくっ……だが所詮、このオレには敵わないのだ。
  敵うはずがない。来れるものなら来てみろ!来るがいい!!」
気持ちの悪い笑みと狂気じみた視線で扉を睨み付けて馬がそう、いなないた次の瞬間、
再び扉が乱暴に開いた。

「待て!ジャミッ!!」



よく通る声、ぼろぼろになった紫のマント、黒い髪。
私の大好きな強い視線。
私は今置かれている状況を一瞬忘れて、そんな彼に見惚れてしまった。
「ビアンカっ!怪我はっ!?」
名前を呼ばれて我に返り、私は大丈夫、と首を横に振った。
それだけだったけれど、私はなんだかすごく安心して、ちょっと涙が出そうになった。
「今助けに!」
そう言ってこっちに足を向けた彼と私の間に馬が立ちはだかった。
「そうはさせるか!あれは大事な人質だ!!」
「ジャミ……!」
「くっはっは!あの女が欲しければ、俺を倒していくがいい!
  倒せたら、の話だがなッ!」
「ビアンカを父さんみたいな目には合わせない!!」
彼はそう叫ぶと同時に、腰に着けていたパパスおじさまの、
彼のお父さんの剣を抜いて、切りかかった。

キン!
予想外に硬質な音がして剣が弾かれ、彼の身体も弾き飛ばされた。
「ふはははは。どうした。オレを倒すんじゃなかったのか?」
「……ああ、倒す、倒すさ。父さんの仇を討って、ビアンカを助け出す」
彼は弾かれた剣を拾って握り直して構えると、静かに、
でも怒りに満ちた声でそう言った。

父さんの仇……
そうか、こいつが前に言っていた、パパスおじ様を殺した魔物の内の一匹ね。
私の胸の中には怒りと悲しさと、そんなものが同時に込み上げて来た。
目の前が一瞬滲む。
でも今は泣いてなんていられない。
私は腕を縛りつけている縄を必死で解こうとした。

彼は何度も何度も攻撃を加えた。
でもその度に剣は弾かれ、呪文は消され、彼や一緒に来た子達の顔にも
明らかな疲労が見え始めた。
「くっはっは!どうした!もうお仕舞いか?
  そっちが来ないなら、こっちから行くぞ!」
縄が解けた。
ジャミが飛びかかる。
「ジャミ!やめなさいッ!」
私は何も考えずに彼とジャミの間に飛び出していた。

何が起きたのか、全然解らなかった。
ただ、自分の身体から力が溢れるのが感じられて、次に彼の方を見たら
彼の傷は消えていて、ジャミは苦しそうにもがいていた。
「今……今よ!」
状況を把握できないまま言った私の言葉に力強く頷くと、
彼は改めてジャミに飛びかかった。
一緒に居た仲間たちも一斉に飛びかかった。

その後はなんだか、あっという間だった。
ジャミはもう立ちあがる力もなく、ただうずくまり、うめいていた。
「くッ……さっきの、光……まさか、その女、天空の……」
何か言いかけたジャミに、彼は静かに剣を振り上げた。
「ジャミ、おまえとはもうここでさよならだ」
そう呟き、お父さんの仇に剣を振り下ろそうとした瞬間、
ジャミが突然、狂った様に笑い出した。
「はっはっは!残念……だな。
  おまえもここでこの世とおさらばだ!」
「何をっ!?」
危険を感じた彼が剣を振り下ろしたけど、それは間に合わなくて、
私たちは得体の知れない霧に身体を包まれた。
気が付くと目の前にあったのは彼の石像。
口が開かない、目も瞬けない、指も身体も動かない。
きっと私も石になってる。
それだけは感じられた。

それからしばらくして、知らない男たちがやって来た。
高値で売れるとか売れないとか、何かそんな事が聞こえる気がする。
彼らはしばらく口論していたけど、結局意見がまとまって、
そして私たちは知らない場所へ連れていかれた。
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